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2006年 03月 01日 ( 1 )
たとえば、こんなかたち。
 
これもずいぶん前のことですが
知り合いの臨床心理系の院生さんからのメール
彼女の指導にあたる先生のこと
煙草と珈琲をこよなく愛する好々爺は
ときどき、患者さんの話をなさるそうです
誰かに何かを話すふうにでもなく、ね



その患者さんは、強度の強迫神経症で
不潔であることに言い知れぬ恐怖を感じるひと
それが馬鹿げたことだとわかっていながら
何度も何時間も手を洗わずにはいられないとか
そういう症例を示す神経症なんだそうです

心療内科と聞けば、やっぱり強く構えてしまうもの
だけど、好々爺先生の診療は、のんびりと会話を愉しむことにあって
ドアを開けてみれば、じぃさんがひとりで、なごやかな雰囲気
どんな患者さんだって、たちどころに拍子抜け
立ち止まり、まごついてるところに、やぁようこそ
すぅっと先生の声が届いてくるそうです

凶暴な陽光が容赦なく照りつける真夏の昼下がり
だけど、シャツのボタンはきっちりと止められていて
首にはスカーフ、肘のあたりまで包み込む手袋
耳まで覆っていたニット帽を取ったところで
サングラスを隔てた瞳の動きはつかみようもなく
眉間に届きそうなマスク越しの声はくぐもってしまう

肌の露出を拒絶する異様な服装の女性
だけど、最後まで構えていたのは服装だけで
それはやっぱり、好々爺先生の不思議
サングラス越しの瞳だって、とても柔らかく

何度目かの面談の日のこと
いつもながらの、なごやかな雰囲気に包まれた談話
ふと思い立ったようで、持参したバックの中をごそごそ
ぐるぐるとラップに包まれた2本の缶コーヒー
肘までの手袋が伸びて、そのうちの1本が差し出される
珈琲をこよなく愛する、親愛なる好々爺先生に

家を出る前の、入念な支度のさなか
缶コーヒーは、深い鍋のなかで、ぐつぐつ
ギリギリの時間まで入念に消毒されていたそうです
彼女の大切な、親愛なる好々爺先生のために
じっくりと時間をかけて、ぐつぐつ、ぐつぐつ
それから、慎重に、丁寧にラップで包み込まれて



さびたトタンの廃材工場と、たっぷりと油が刻まれた皺と
きれいに折り畳まれた真新しい1000円札と
この原風景にラップで包み込まれた缶コーヒーが重なったりします
どうしようもない哀切と、心からの歓待と
江國カオルさんは『泣いた赤鬼』に哀切を知ったそうですが
僕としては青鬼にバカヤローと言いたい気分
でもって赤鬼には、缶コーヒーを
ぐつぐつ、ぐつぐつ。

 
 
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by mockin_snofkin | 2006-03-01 06:05 | 来し方、行く末。