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憑かれた男
おとぎ話をしてあげよう

昔々、世界を論理そのものにしようと夢見る若者がいた
たいへん頭のいい彼は、あっさりとその夢を実現した
仕事をやり終えた彼は、とても満足していた
そして一歩さがって、その出来映えを眺めてみた

それは、とても美しかった
不完全なものも、不確実なものもない世界
きらめくばかりの氷原のように、いっさいの音もなく
ただただ果てしなく、地平線まで続いていた

自分の創造した世界に魅入る賢い若者
ふと思い立って、探検に出かけることにした
ところが、世界へと踏み出した途端、仰向けに倒れてしまった
彼は、摩擦のことをすっかり忘れていたのである

氷原は、なめらかで起伏がなく、シミひとつなかった
が、それゆえにまた、その上を歩くことはできなかった
ゆっくりと起きあがった若者は、再びそこに座り込んでしまった
そして自分の素晴らしい創造物を眺めながら、涙に暮れることとなった

けれども、だんだん彼にもわかるよになってきた
やがて歳をり、賢い老人になるにつれて
ザラザラした大地や不確実なものは、欠点などではない
むしろそれらこそが、世界を動かすものなのだ、と

彼は、嬉しくて、走ったり、踊ったりしたくなった
大地に散らかったことばやものは、どれもこれも壊れていた
それらはみな、色褪せて、かたちも定かではなかった
しかし賢い老人は、それこそがあるべき姿なのだ、と悟ったのである

だが、それでも彼のなかの何かが氷原を恋しがってもいた
そこではすべてが輝き、純粋で絶対だった
ザラザラした大地という概念は、老人のお気に入りとなった
しかし彼は、どうしてもそこに住むことはできなかった

かくして彼は、とうとう身動きがとれなくなってしまった
ザラザラした大地と、きらめく氷原の間で
そのどちらにも安住できなくなってしまったのである



そこには、彼の悲しみのもとがあった




Derek Jarman ( /T. Eagleton), Wittgenstein,1993 arr. by mockin_snofkin
by mockin_snofkin | 2006-04-22 07:56 | review